昨年12月の市長市議選挙に始まり、本年4月の県議選、このたびの参院選、と続いてきた選挙ラッシュもようやく終わりました。
参院選では、直前に年金問題が発覚し、選挙の大きな争点となりました。
応急措置だけでなく、今後の社会保障政策全般の中で制度そのものをどうしていくのかという議論が、今後の課題となります。
衆議院と違い、解散もなく六年間という長い任期を有する参議院には、その果たすべき役割があるはずです。
憲法改正をはじめ、安全保障や福祉制度、行財政改革、教育や文化の醸造など、わが国がこれから進むべき方向を示し、個々の政策をどう立案実施していくのか、解散に怯えることなく時間をかけた誠実な審議を行なうべき場所が、参議院なのです。
しかし、いざ選挙が終わり、振り返ってみると、全ての政策が漠然としたままに、党利党略が前面に出た選挙であったように感じます。
もはや参議院が「良識の府」と呼ばれた時代とは、大きく様相が変化しているようです。
私は、参議院は権力闘争とは一定の距離を置いて構成されるべきだと考えます。党利つまり多数派の論理に待ったをかけ、議員個人個人の視点で政策を判断し、闊達な議論が行なわれなければならないのです。
権力闘争の多くが人事をめぐって繰り広げられることを考えれば、閣僚人事や党役員人事の対象から参議院議員をはずすという手段が有効ではないでしょうか。
数にものをいわせて暴走しがちな衆院に対する確かな抑制力として、参議院が本来の独自性を取り戻せるか否か、次期臨時国会が試金石となるでしょう。
参院選では、直前に年金問題が発覚し、選挙の大きな争点となりました。
応急措置だけでなく、今後の社会保障政策全般の中で制度そのものをどうしていくのかという議論が、今後の課題となります。
衆議院と違い、解散もなく六年間という長い任期を有する参議院には、その果たすべき役割があるはずです。
憲法改正をはじめ、安全保障や福祉制度、行財政改革、教育や文化の醸造など、わが国がこれから進むべき方向を示し、個々の政策をどう立案実施していくのか、解散に怯えることなく時間をかけた誠実な審議を行なうべき場所が、参議院なのです。
しかし、いざ選挙が終わり、振り返ってみると、全ての政策が漠然としたままに、党利党略が前面に出た選挙であったように感じます。
もはや参議院が「良識の府」と呼ばれた時代とは、大きく様相が変化しているようです。
私は、参議院は権力闘争とは一定の距離を置いて構成されるべきだと考えます。党利つまり多数派の論理に待ったをかけ、議員個人個人の視点で政策を判断し、闊達な議論が行なわれなければならないのです。
権力闘争の多くが人事をめぐって繰り広げられることを考えれば、閣僚人事や党役員人事の対象から参議院議員をはずすという手段が有効ではないでしょうか。
数にものをいわせて暴走しがちな衆院に対する確かな抑制力として、参議院が本来の独自性を取り戻せるか否か、次期臨時国会が試金石となるでしょう。
厚生労働省は、2006年4月の医療法改正によって在宅療養支援診療所を新設しました。在宅医療における中心的な役割を担う拠点として位置づけられ、患家に対する24時間の窓口として、必要に応じて他の病院、診療所、薬局、訪問看護ステーション等との連携を図りつつ、24時間往診及び訪問看護を提供できる体制を構築するための施策です。
1980年代をピークに急速な成長をとげた病院経営は、近年重大な危機を迎え、病床数が減少の一途をたどり、その反面、介護施設のベッド数が増加しています。
介護の現場において何か起こった際に、きちんと医師のケアを受けられる体制作りが必要となる中、24時間診療可能な往診の重要性が再考されはじめているのです。
過去の記事でも書きましたが、老老介護が問題視される現在、在宅医療を充実させ、医師が24時間265日いつでも自宅での被介護者や、介護施設に入った方々の面倒をみられる、という体制を作っていかねばなりません。
こういった、医療と介護の連携や、社会福祉サービスの充実を、国は重点政策として取り入れています。
しかし、実際の地方自治体において、自分たちの暮らしに身近なところをいざ振り返ってみると、体制が整っていないという現実があります。地域連携医療を重視し、在宅医療の体制を地域で整えていく必要があるのです。
このままでは、医療難民は増えていく一方です。
病院からは追い出され、介護施設では緊急時の対応に不安が残る――そんな老後の生活を、市民の皆様が送らねばならない現状は間違っています。
いついかなる時でも往診してくれる医療施設があり、またそれに連携した介護施設があることが、安心した人生につながります。
現在、千葉県内に在宅療養支援診療所は168箇所、八千代市には1箇所しかありません。
今後、医師が過剰になる時代へ移行すれば、在宅療養支援診療所として複数医師を24時間配置できる診療所を成立させることも可能かと思われますが、現状では医師不足という問題が根幹にあり、なかなか登録の要件がクリアできないことが原因と考えられます。
診療所の他に、在宅医療を支える機関として期待されるものに、訪問看護ステーションや、訪問介護ステーション、デイサービスなどがあります。これらの機関がお互いに連携し、一つのコミュニテイーを作り上げること、そしてやはり制度の基礎となる医師と看護師を県内できちんと確保していくこと。この二つが、制度を推し進めるための最大の課題であり、県政の場において、声を大にして主張していくべき問題だと考えます。
本日まで更新を続けてきた当ブログですが、公職選挙法の規定により、選挙告示から投票日までの間、候補者は更新することが禁止されています。ご訪問を感謝申し上げると共に、あらためて4月8日の投票日には皆様のご意向を県政に反映させるため、投票に出向かれますことをお願いし、更新を一時停止させていただきます。
1980年代をピークに急速な成長をとげた病院経営は、近年重大な危機を迎え、病床数が減少の一途をたどり、その反面、介護施設のベッド数が増加しています。
介護の現場において何か起こった際に、きちんと医師のケアを受けられる体制作りが必要となる中、24時間診療可能な往診の重要性が再考されはじめているのです。
過去の記事でも書きましたが、老老介護が問題視される現在、在宅医療を充実させ、医師が24時間265日いつでも自宅での被介護者や、介護施設に入った方々の面倒をみられる、という体制を作っていかねばなりません。
こういった、医療と介護の連携や、社会福祉サービスの充実を、国は重点政策として取り入れています。
しかし、実際の地方自治体において、自分たちの暮らしに身近なところをいざ振り返ってみると、体制が整っていないという現実があります。地域連携医療を重視し、在宅医療の体制を地域で整えていく必要があるのです。
このままでは、医療難民は増えていく一方です。
病院からは追い出され、介護施設では緊急時の対応に不安が残る――そんな老後の生活を、市民の皆様が送らねばならない現状は間違っています。
いついかなる時でも往診してくれる医療施設があり、またそれに連携した介護施設があることが、安心した人生につながります。
現在、千葉県内に在宅療養支援診療所は168箇所、八千代市には1箇所しかありません。
今後、医師が過剰になる時代へ移行すれば、在宅療養支援診療所として複数医師を24時間配置できる診療所を成立させることも可能かと思われますが、現状では医師不足という問題が根幹にあり、なかなか登録の要件がクリアできないことが原因と考えられます。
診療所の他に、在宅医療を支える機関として期待されるものに、訪問看護ステーションや、訪問介護ステーション、デイサービスなどがあります。これらの機関がお互いに連携し、一つのコミュニテイーを作り上げること、そしてやはり制度の基礎となる医師と看護師を県内できちんと確保していくこと。この二つが、制度を推し進めるための最大の課題であり、県政の場において、声を大にして主張していくべき問題だと考えます。
本日まで更新を続けてきた当ブログですが、公職選挙法の規定により、選挙告示から投票日までの間、候補者は更新することが禁止されています。ご訪問を感謝申し上げると共に、あらためて4月8日の投票日には皆様のご意向を県政に反映させるため、投票に出向かれますことをお願いし、更新を一時停止させていただきます。
私たちの街、八千代を走る東葉高速鉄道は、現在一日あたり12万人の利用客があり、営業損益は約43億円の黒字を出しています。

しかし、3,316億円の長期債務がある中に、年間約62億円の利息を支払わねばなりません。
つまり、黒字を出していても、利息の支払いだけで全て終わってしまい、いつまで経っても負債が減らないのが現状です。
そこで、支援策として、八千代市・船橋市・千葉県・国などが財政支援をしています。
ところが、ここに大きな問題があるのです。八千代市の人口は、現在19万人弱、船橋市は58万人弱であるがゆえに、市民一人当たりの財政支援の負担額は、三倍の差があります。
各自治体のバランスを考えない不均衡な財政負担は、明らかに理不尽なものであると私は考えます。
多額な有利子負債の問題は、八千代市だけではなく、船橋市とともに自治体として統一した考えで望むべきです。また、平成28年までは財政支援すると決めたわけなのですから、県や国とともに話し合うべきでありましょう。しかるに、県政の中でしっかり訴えていかねばならない重要な問題といえます。
鉄道は、非常に重要なインフラです。破綻させるわけにはいきません。
東葉高速鉄道ができたことにより、人口が増加したという歴然たる事実がある以上、万が一にも鉄道輸送を廃止するようなことになったならば、他の輸送手段による代替輸送は不可能なのです。
現状、利払いだけで黒字が消えてしまい、元本が減らない中で、さらに今後、金利の上昇という不確定要素を考慮した場合、東葉高速鉄道の破綻は目に見えています。
そこで、負債の返済に関して、金融の議論をしていかねばならないと考えます。
負債をどう減らしていくかという点において、現状のように財政に一方的に頼られては、話は進みません。返済計画の条件変更等、きちんと金融議論をする余地があるのです。
財政支援があるから破綻しないであろう、という考え方は明らかに甘いのです。民間であれば、既に潰れていてもおかしくありません。
今後財政の圧迫をしないためにも、利息の支払いを延期し、まずは元金の返済にまわすというような案もあるべきでしょう。また、返済額を一時的に少なくすることも不可能ではないはずです。とにかく、元金の返済を先にすることで、これ以上の財政負担をかけないようにするのが、市民の皆様の大切な交通機関を守る道筋です。
また、運賃が高すぎるという声もよく聞こえてきます。
貴重なインフラを守るための苦肉の策とはいえ、確かに私も高額であると感じます。利便性を考えて、運賃をさげるための取り組みも必要となるでしょう。
まずは、東葉高速鉄道自身が、きちんと経営の自主努力をすべきです。財政という税金が投入されている以上は、天下りでのうのうとしているべきではないのです。
その上で、これ以上の財政負担をさせず、上述したように、各自治体のバランスを考えた公平な財政負担への是正を訴えていきたいと考えます。

しかし、3,316億円の長期債務がある中に、年間約62億円の利息を支払わねばなりません。
つまり、黒字を出していても、利息の支払いだけで全て終わってしまい、いつまで経っても負債が減らないのが現状です。
そこで、支援策として、八千代市・船橋市・千葉県・国などが財政支援をしています。
ところが、ここに大きな問題があるのです。八千代市の人口は、現在19万人弱、船橋市は58万人弱であるがゆえに、市民一人当たりの財政支援の負担額は、三倍の差があります。
各自治体のバランスを考えない不均衡な財政負担は、明らかに理不尽なものであると私は考えます。
多額な有利子負債の問題は、八千代市だけではなく、船橋市とともに自治体として統一した考えで望むべきです。また、平成28年までは財政支援すると決めたわけなのですから、県や国とともに話し合うべきでありましょう。しかるに、県政の中でしっかり訴えていかねばならない重要な問題といえます。
鉄道は、非常に重要なインフラです。破綻させるわけにはいきません。
東葉高速鉄道ができたことにより、人口が増加したという歴然たる事実がある以上、万が一にも鉄道輸送を廃止するようなことになったならば、他の輸送手段による代替輸送は不可能なのです。
現状、利払いだけで黒字が消えてしまい、元本が減らない中で、さらに今後、金利の上昇という不確定要素を考慮した場合、東葉高速鉄道の破綻は目に見えています。
そこで、負債の返済に関して、金融の議論をしていかねばならないと考えます。
負債をどう減らしていくかという点において、現状のように財政に一方的に頼られては、話は進みません。返済計画の条件変更等、きちんと金融議論をする余地があるのです。
財政支援があるから破綻しないであろう、という考え方は明らかに甘いのです。民間であれば、既に潰れていてもおかしくありません。
今後財政の圧迫をしないためにも、利息の支払いを延期し、まずは元金の返済にまわすというような案もあるべきでしょう。また、返済額を一時的に少なくすることも不可能ではないはずです。とにかく、元金の返済を先にすることで、これ以上の財政負担をかけないようにするのが、市民の皆様の大切な交通機関を守る道筋です。
また、運賃が高すぎるという声もよく聞こえてきます。
貴重なインフラを守るための苦肉の策とはいえ、確かに私も高額であると感じます。利便性を考えて、運賃をさげるための取り組みも必要となるでしょう。
まずは、東葉高速鉄道自身が、きちんと経営の自主努力をすべきです。財政という税金が投入されている以上は、天下りでのうのうとしているべきではないのです。
その上で、これ以上の財政負担をさせず、上述したように、各自治体のバランスを考えた公平な財政負担への是正を訴えていきたいと考えます。
皆様のご好意で、ミニ集会に駆け回る毎日です。

こういったミニ集会を回る中で、県議会は何をやっているかわからない、顔が見えない、という意見が多く聞こえてきます。
政治の基本とは、身近な対話と議論を重ねることで、色々な問題を解決していくことである、と私は考えます。
これからの新しい時代の政治は、社会の問題や自分たちの抱える問題を、多くの方々との対話によって解決していくことによって開かれていくのです。
この対極にあるのが、限られた人たちによる、しがらみだらけの利害調整や、利権配分に明け暮れる政治です。これはつまり、これまでの県政そのものです。
私が考えるこれからの政治のスタイルは、身近なところで対話と議論を積み重ねていくことが当然のようにできる形であり、それを日々実践することにより、市民の皆様の考えることを深く理解できると痛感しているものであります。

人が活きる政治、人を活かす政治を!

こういったミニ集会を回る中で、県議会は何をやっているかわからない、顔が見えない、という意見が多く聞こえてきます。
政治の基本とは、身近な対話と議論を重ねることで、色々な問題を解決していくことである、と私は考えます。
これからの新しい時代の政治は、社会の問題や自分たちの抱える問題を、多くの方々との対話によって解決していくことによって開かれていくのです。
この対極にあるのが、限られた人たちによる、しがらみだらけの利害調整や、利権配分に明け暮れる政治です。これはつまり、これまでの県政そのものです。
私が考えるこれからの政治のスタイルは、身近なところで対話と議論を積み重ねていくことが当然のようにできる形であり、それを日々実践することにより、市民の皆様の考えることを深く理解できると痛感しているものであります。

人が活きる政治、人を活かす政治を!
土曜日、特別養護老人ホームの家族会に参加させていただきました。

現在、介護問題の中で、介護側も高齢であるといういわゆる「老老介護」問題が取り沙汰されています。
本日の新聞でも、在宅介護を受けている人の6%が床ずれを患っており、その6割が寝たきりで全面介助が必要な患者さんであること、その背景として老老介護により十分な介護ができないという現状が明らかになったことが報じられていました。
ここ数年、この老老介護問題による殺人や無理心中が、年間平均30〜40件ほど出てきています。
こうした悲惨な介護現場の状況を聞く度に、今の日本を作り上げてこられた世代の方々の悲しい命の終わり方を思って、いたたまれなくなります。
ご高齢になると、他人に相談するということが困難になるものです。若いうちであれば色々な試行錯誤を繰り返すことも可能ですが、ご年配の方々は状況に追い込まれ、誰にも相談できず、諦めてしまう。そして最後に死を選んでしまいます。
あるアンケート調査では、介護疲れを感じたことのある介護者は全体の98%に達しているものの、疲れを感じても気分転換もできずに我慢して介護を続けていると答えた人が全体の3割を超えていました。疲れやストレスの原因として、いつまで介護が続くかわからないことや、周囲の無理解をあげる人が多くいます。また、介護者の8割近くが何らかの心身の症状を訴えているとも言われます。
こういった悲しい現実を思うにつけて、介護者のメンタルヘルス・ケアを重視しなくてはならないと感じます。
介護される側もそうですが、する側が追い込まれない状況を作ることが大切なのです。横のつながりをとって、介護する側同士の励ましあいの機会を作り、支えあう――そういった場所が、今、とても必要とされています。
今回参加させていただいた家族会は、ご家族の皆様が自主的に集まり、孤立しないようにお互いがお互いを支えあっている空間でした。自分だけではないと勇気付けられることによって大切なご家族の介護を続けていけるよう、前向きに努力しておられる皆さんの姿に、心のケアの重要性をつくづく痛感しました。
そういった環境を作る上で今後重要な役割を果たすと思われるのが、地域包括支援センターです。
これは、国から地方自治体に義務付けられた機関で、人口2〜3万人に1箇所の割合での設置が目安とされています。しかし、これでは到底数が足りないというのが現状でしょう。
本年1月に全国保険医団体連合会が、全国の地域包括支援センターへのアンケート結果を公表しました。これにより、常勤の保険医配置が大きく遅れていることや、介護予防マネジメント事業に追われて総合相談や継続的支援についての業務はほぼ手付かずの状況になっていることが明らかになりました。
介護者たちが、何かあったら相談しに行くための中核的機関であるはずの地域包括支援センターが、自ら人員不足を自覚し、その本来的な機能を果たし得ていないと感じているのです。
財源が足りず、人員の配置も十分ではない中では、地域において相談窓口を果たすには程遠いというのが現状であります。
厚生労働省が、地方自治体の財源の限界を把握しないままに、地域包括支援センターにあらゆる業務を義務づけてしまったことも問題の一因でしょう。
今後、心のケアを含む包括的な業務を行えるように改善するにあたり、財政投入も含めたあらゆる見直しが必要とされます。
市民の皆様が安心して年を重ねていけるよう、抜本的な改革を速やかに行わねばなりません。
しかし、行政だけで解決される問題ではないことも確かです。私たち自身が、地域の中で孤立しているお年寄に対して何ができるのか考え、行動を起こしていかなければならないのです。
地域も家族も一体となって解決にむけた取り組みを始めていきましょう。
政治にやさしさを。

現在、介護問題の中で、介護側も高齢であるといういわゆる「老老介護」問題が取り沙汰されています。
本日の新聞でも、在宅介護を受けている人の6%が床ずれを患っており、その6割が寝たきりで全面介助が必要な患者さんであること、その背景として老老介護により十分な介護ができないという現状が明らかになったことが報じられていました。
ここ数年、この老老介護問題による殺人や無理心中が、年間平均30〜40件ほど出てきています。
こうした悲惨な介護現場の状況を聞く度に、今の日本を作り上げてこられた世代の方々の悲しい命の終わり方を思って、いたたまれなくなります。
ご高齢になると、他人に相談するということが困難になるものです。若いうちであれば色々な試行錯誤を繰り返すことも可能ですが、ご年配の方々は状況に追い込まれ、誰にも相談できず、諦めてしまう。そして最後に死を選んでしまいます。
あるアンケート調査では、介護疲れを感じたことのある介護者は全体の98%に達しているものの、疲れを感じても気分転換もできずに我慢して介護を続けていると答えた人が全体の3割を超えていました。疲れやストレスの原因として、いつまで介護が続くかわからないことや、周囲の無理解をあげる人が多くいます。また、介護者の8割近くが何らかの心身の症状を訴えているとも言われます。
こういった悲しい現実を思うにつけて、介護者のメンタルヘルス・ケアを重視しなくてはならないと感じます。
介護される側もそうですが、する側が追い込まれない状況を作ることが大切なのです。横のつながりをとって、介護する側同士の励ましあいの機会を作り、支えあう――そういった場所が、今、とても必要とされています。
今回参加させていただいた家族会は、ご家族の皆様が自主的に集まり、孤立しないようにお互いがお互いを支えあっている空間でした。自分だけではないと勇気付けられることによって大切なご家族の介護を続けていけるよう、前向きに努力しておられる皆さんの姿に、心のケアの重要性をつくづく痛感しました。
そういった環境を作る上で今後重要な役割を果たすと思われるのが、地域包括支援センターです。
これは、国から地方自治体に義務付けられた機関で、人口2〜3万人に1箇所の割合での設置が目安とされています。しかし、これでは到底数が足りないというのが現状でしょう。
本年1月に全国保険医団体連合会が、全国の地域包括支援センターへのアンケート結果を公表しました。これにより、常勤の保険医配置が大きく遅れていることや、介護予防マネジメント事業に追われて総合相談や継続的支援についての業務はほぼ手付かずの状況になっていることが明らかになりました。
介護者たちが、何かあったら相談しに行くための中核的機関であるはずの地域包括支援センターが、自ら人員不足を自覚し、その本来的な機能を果たし得ていないと感じているのです。
財源が足りず、人員の配置も十分ではない中では、地域において相談窓口を果たすには程遠いというのが現状であります。
厚生労働省が、地方自治体の財源の限界を把握しないままに、地域包括支援センターにあらゆる業務を義務づけてしまったことも問題の一因でしょう。
今後、心のケアを含む包括的な業務を行えるように改善するにあたり、財政投入も含めたあらゆる見直しが必要とされます。
市民の皆様が安心して年を重ねていけるよう、抜本的な改革を速やかに行わねばなりません。
しかし、行政だけで解決される問題ではないことも確かです。私たち自身が、地域の中で孤立しているお年寄に対して何ができるのか考え、行動を起こしていかなければならないのです。
地域も家族も一体となって解決にむけた取り組みを始めていきましょう。
政治にやさしさを。





